スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

唐版滝の白糸 3週間5本勝負が終わって:こんな話だったなぁ編

いや、あっという間に東京楽日から24時間を過ぎ、日々の細かい記憶も遠くなっている気がいたします。そんな訳で、今回からは色々とまとめて、今回のお芝居への、窪田くんへの想いを爆発させていこうと思いますw

ネタバレですので、畳みます。

窪田くんファンなので彼の晴れ姿を見るべく5回もシアターコクーンに通ってしまった訳なのですが、飽きずにこのお芝居を見ることができたのは、今回、このキャストで、この蜷川さんの演出で出来上がったこのお話が、とても好きになったからなのでしょう。

何よりアングラの名作と言われる唐十郎の戯曲ですから、そんな簡単に読み解けるお話ではないのでしょう。窪田くんが全然理解できないと言ったその戯曲。二重三重、また相反するメッセージが織り込まれているにちがいありません・・。しかしながら、初回の感想で書いたように、お芝居を見慣れず、枝葉をどんどんそぎ落として見たいものを見てしまう自分のせいかもしれませんが、非常にわかりやすい、希望に満ちたメッセージのあるお芝居、お話だと感じ入ったのでした。

それは、何か心が明るくなり、アリダが「見つけちゃった!」とでも言わんばかりの瞳の輝きで見つめた小人プロレスのみんなやお甲さんの水芸ようなもの。おそらく70年代の寺山や唐がその当時場末と言われたトルコや競馬場やプロレスのリングで見つけたと同じもの。そこで奏でられるメッセージとは「戦え!君はその力を持っている」という普遍的なものであり、ついでに言えば、「芸で生きよ」、「芸の力の種はどんな場所にも、上下の区別なく芸(楽しみ)の華を咲かせるのだ」などなど。

このお芝居を観劇した渋谷陽一が70年代ロックと同じ、時代性や普遍性を感じると書いておりました。彼のことは好きではないけれどw、その直感には共感してしまいます。この時代のエネルギーは、やはり生き物の持つ根源的なエネルギーに基礎を置くかのような、美しくわかりやすく力強い主旋律を鳴らすものだと思うのです。そして、それがあってこそのアングラ劇の怪しい雰囲気(銀メガネの言う『ギトギト感』)だよなとちょっと生意気に思ったりもします。

芝居の作り手がその平明さに殉じることを可能にしたのは、今回のキャスト陣故だったのではないでしょうか。世間というものの正統性とその顛末を体現できる老名優、「芸のために戦え!」というセリフをまっすぐに伝えられる男も女も超えたスター、そして、世間的には海のものとも山ののものともわからないながらも、今、成長の盛りを迎えようとする、しなやかに力強く鍛えられた肉体を持つ青年俳優。そして、それぞれがまたこの舞台に特別のかけるものを持っていたのではないか、そういう時節の巡り合わせがあったのではないかと、この辺りは妄想ですが、そのような特別さを感じるのでした。

さて、あのラスト。こんな風な目で見ているせいか、どこか希望のあるものと感じております。何より、天に消えて行く流し台の上でのお甲、白糸太夫のまなざしの、なんとまっすぐな、なんと遠くの敵まで射抜くような、その力強さ。心中でも生き残る生命力の強い女なのですから、愛の止血ベルトも巻かれたことですし、どこか遠くのリングでまだ戦っているのではと思うのです。血みどろで、孤独の暗闇に消えたアリダですが、どの道、世界とは血塗られた道なのです。彼もその世間ではなく、その「世界」の生き物である、ということだけなのかもしれません。生まれること。戦うこと。愛すること。それを鮮やかに見せてくれるこのお芝居が好きなんだなぁと改めて思いました。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ましゅましゅ

Author:ましゅましゅ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。